富山祥瑞の大福帳(読書ブログ)
「大福帳」とは,江戸時代に商屋で使われた金銭出納帳で,現在の簿記のように勘定項目を分けずに取引の順に書き連ねた経営活動の記録。
この発想に倣い,ジャンルを問わず読んだ書籍の記録を順次残していく知的生産活動の日記としていきたい。

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185:『書庫を建てる』 16:09
185:書庫を建てる

 

● 施主と建築家,それぞれが描く家づくりの物語

こんなにも臨場感に溢れ,私にとっては読み進めるのが楽しくて楽しくて仕方のない実話でした。

書名こそ『書庫を建てる』ですが,この「阿佐ヶ谷書庫」(p.182)の用途は「書庫と仏壇の家」(p.69)。筆者は二人,施主のおいたちから派生する実家のメモリアル,8坪の極小敷地の建物設計と闘う建築家とが,交互に章を建て一つの小さな建物の竣工に至るプロセスを綴っています。
建築家曰く「自分の20年間の設計活動そのものを見つめ直すことにつながる」(p.25),この書籍の上梓そのものも,また「作品」と位置づけられましょう。
 

● 書庫と仏壇の家

施主は東大教授の松原隆一郎氏,神戸の旧家に在ったアルバム写真をきっかけに,これまで意にも介さなかった祖父の昭和初期からの足跡を辿るところから始まります。

祖父の息子,つまり父親との疎隔をも紹介しつつ,戦後三世代目の「イエ」を継ぐ制度の社会的な矛盾が,父親が亡くなったのを機に現実的になります。「長男が実家から離れて職を持つとき,『家』はどうなるのか」(p.23)。松原家の唯一の財産である実家を兄妹で相続した後,妹たちも郷里に住んでいない状況もあり,実家を売却したのが2010年。
問題は長男の松原氏が引き継いだ行き場がなくなった「仏壇」,そして「思い出のモノ」を遺す方策です。当初は漠然と実家近くに「中古マンションを購入し,仏壇を置こうという案」もあったようですが,現実案として「『松原のイエ』の鎮魂をも目的とする『書庫と仏壇の家』を阿佐ヶ谷で探し始め」(p.68)ます。
ここまでで,総221頁の本の1/3を占めます。松原氏が「回り道におつきあい願わねば」(p.23)と記す本編の前振りです。
 
185:書庫を(口絵)
● 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト

住居に近い阿佐ヶ谷での格安中古住宅探し,相続した遺産の金額に加え銀行ローンを組んでの新築も考慮している中,半年後に見つけたのが「土地面積8坪(=28.7平方m,建蔽率80%,容積率300%)」の超狭小敷地。親交のあった建築家・堀部安嗣氏に,1万冊の本と仏壇を収める建築プランを依頼します。新たな建築ですから「この先9年ほどで定年を迎えてから後も,なんらかの仕事を続けなければならない」状況の松原先生,「自宅と研究室の本を整理し書庫の家に運び込んで,今後はそこに通い仕事をする」(p.120)人生が見えてきたそうです。「自宅は『暮らし』のためだけ」そして「ホテルのような仕事場」(p.121)とは,読者である私自身が超憧れるスペースの構想です。

この「まだ見ぬものを追い求めてのスタディー」(p.145)のプロセスと施工までの顛末が,ストーリーの後半です。
「本当にこの小ささで大丈夫なのだろうか」(p.192)というストレスを建築家に伸しかけながらも,2013年の2月の完成後は,見事に書籍のジャケットと口絵を飾っている『素晴らしい空間』(建築家に施主が寄せた言葉)です。

私も,自宅とは別の狭小アトリエの施主になりたい! と真剣に考えるようになりました。それほどまでに影響を受けました。

 

『書庫を建てる ── 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』
(松原隆一郎・堀部安嗣,新潮社,2014年)1900円(税別)
  
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184:『本で床は抜けるのか』 15:03
本で床は抜けるのか

 

●  まさに書名買い(amazon)した本

先日,facebook上で知人の書き込み ──『本で床は抜けるのか』の本の題名を見て心配になり本の整理をした ── が目に入ってきました。私にも書名の印象が強烈で,すぐにamazonで書名買いしました。

「本で床は抜けるのか」── 言葉としては聞きます。が,ホント〜に抜けるのか? 作者・西牟田靖氏の職業はルポライター,自宅近くに資料本の保管用に,築50年と古い木造アパート(2万5000円/月)を借りた2012年3月から本編ストーリーは始まります。

木造アパートの「床が抜けてしまうかもしれない」(p.12)不安を抱えつつ,作者自身が気になり出した事そのものが,取材と作者自身の体験で綴られています。

最後の2014年春の出来事は,寧ろテーマそのものではなく,読者としては想定外の結末でした。作者は書かずにはいられなかったのかも? ── いや,逆に書名の意味が込められているのか? ここは実際の読書で辿ってください。

 

● 木造住宅は1平米あたりの積載荷重180キロ,RC住宅で300キロ

西牟田氏は「床が抜けてしまった人たちを探しにいく」(p.29)のですが,真相の多くは盛った話,あるいは地震や床の腐れなど本そのものの影響ではなさそうです。「いったいどれが本当なのだろうか」(p.33)。

本当の所は分からないまま,取材は『捨てる女』(blog No.178)の内澤旬子氏に。彼女は「いつか読めたらとか,書けたら書きたいなんて資料を持っているのがバカバカしくなってしまった」(p.66)と。さて,彼女が,この業の中で得たものと,失ったものは・・・。

とは言え,この聞き出しは,読者の私には,本に限らず雑多な資料類の「断捨離」の後押しにもなりました。

 

● で,本当に抜けたものは・・・

中盤からのテーマ「持ち主を亡くした本はどこへ行くのか」の章(p.80〜)以降は,実に物悲しい。著名な作家や学者ですら,没後は「たいていの蔵書は売り払われたりして散逸してしまう」(p.85)ほど,本の末路は幸せでないようです。「遺族にとって残された本はゴミでしかないんです」とは,メディアや文壇での信頼が厚い蔵書整理を請け負う古書店主の談(p.102)。

となると,本書の展開としては「自炊(=スキャンによる書籍の電子化)」のルポが,ド〜ンと登場しそうな様相ですが・・・そうでもありません。ここからが本書の後半戦となります。確かに,それ相応の理由で電子化に踏み切った取材先もあります。でも,書庫を作った人もいます。

書籍だけではなく,先祖の仏壇,家系の写真,実家の樹木をアーカイブスとしても移動させた「狭小物件のコンクリート円形書庫」を建設した大学教授 ── 自分の今と,先祖の居場所を「書庫建物」とした実例紹介は,現代の相続問題の解決の一つとしてリアリティが在り有りでした。

 

で,「本で床は抜けるのか」の真相は不明に終わるのですが,実は,本当に抜けたものは・・・。

 

『本で床は抜けるのか』(西牟田 靖,本の雑誌社,2015年)税別1600円

 

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183:『毎日がときめく片づけの魔法』 16:31

183:『毎日がときめく片付けの魔法』

 

●「片づけとは,あらゆることに片をつけること」(p.21)

かなり若く,でも今や時の人・こんまり(近藤麻理恵)氏の『毎日がときめく片づけの魔法』は ── 反発する同世代も多いようですが ── 目下マイブームが「断捨離」中の私にとって,かなりの福音書でした。作者とは親子ほどの年齢差がありますから,私としては文章の所々に少女趣味を感じてしまうのは仕方が無い,そこはご愛嬌。

「断捨離」へのネックは,モノへの未練。

元祖やましたひでこ氏の「断捨離」術では,捨てる事のできなかったモノも,超シンプルな「こんまり基準」のミッション「『触ったときにときめくかどうか』で判断する」(p.93)は,それはそれは特効薬でした。

読者の私には蒐集癖もありモノは増えるばかり,一方で収納スペースの在り方に解決策に見いだそうとする垂直思考,ありがちな「美しい収納」系の書籍を眺めるだけでした。冷静に考えると,モノが増え続けるのですから,美しい収納など完遂はないのですが・・・。

とはいえ「生活感のないホテルの部屋」への憧れは人一倍あり,現実とのギャップが悩みどころでした。

 

● 読者(の私)マンションを購入

収納庫としてマンションを買った同僚の話も聞きます。でも,私は「片付け祭り」(p.16)の実践の舞台として,勤務先の宿舎からの引越しを考えました。購入したのは近くの中古マンション,贅肉を取り去り,これから「いっしょに暮らすモノ」(p.98)吟味は,週末の愉しみとなっています。壁紙を変えたり,造り付けの本棚などリフォームも同時進行です。

さて「ときめかないモノを手放す」(p.3)業の始まりです。今年の1月から初め,引っ越し予定の来月までがタイムリミットです。教科書は,この『毎日がときめく片付けの魔法』です。インテリア本のような写真は皆無で,ほとんど文章中心の啓発書です。

「収納の達人にならないでください。なぜなら,モノをため込みがちになるから。収納は,極限までシンプルに,考えてください」(p.100)。

私自身にとって,居心地のいい空間ができつつあります。

 

●「息苦しくなっているモノはありませんか?」(p.58)

昨年末に福岡市に所有していた一戸建てを思い切って売却しました。荷物は,新購入のマンションに送ったのですが,数十箱に及ぶ段ボールから出てくる出てくる(コンマリ曰く)「『あれ,こんなの持っていたっけ? 忘れてた』というようなモノ」(p.61)。今までの私なら「いつか役に立つかもしれない」基準での整理でしたが,ここからは「触ったときにときめくかどうか」で判断,結局ほとんどは「お役目が終了したときが処分のしどき」(p.174)「もうお役目終了の申し出をしている」(p.59)と相成りました。

これはコンマリ流には無いのですが,私の蒐集癖が成した思い出のガラクタは,写真に撮ってから捨てるのをマイルールにしました。ほんの10年ほど前と違って,写真がフィルムでなく,お金もかからないデジタルなのが,とても有り難い。

 

『毎日がときめく片づけの魔法』(近藤麻理恵,サンマーク出版,2014年)税別1600円

 

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182:『知的生産の技術とセンス』 21:48

182

 

● 知の巨人・梅棹忠夫氏をリスペクト

本書『知的生産の技術とセンス』は,先達のリスペクト版として,この秋に出たばかりです ──「まだインターネットも普及していなかった時代に,来るべき情報革命の時代を予見し,個人の情報との付き合い方を解説した本がありました。民族学者・梅棹忠夫(うめさお ただお)先生による大ベストセラーとなった『知的生産の技術』(岩波新書)です」(p.3)。

リスペクトされている原書の舞台は1969年,今のブログやfacebookのようなソーシャルメディアを利用し個人が情報を発信する場など,夢物語の時です。それどころか,オフィスにもコピー機やFAXが見られなかった時代の出版ですが,今でも岩波新書の中でベストセラーを誇っています。

なぜでしょうか・・・

 

● 道具は変わっても本質は変わらない

「梅棹先生の提唱した『知的生産の技術』は,情報の集め方,記録の仕方,そしてアウトプットの仕方など,私たちも今日から実践できる」(p.5)情報の整理に関するバイブルの位置づけです。

「道具は変わっても本質は変わらない」(p.76)精神を受け継ぎながら,時代にそぐわなくなったデジタル情報整理と,ソーシャルメディアによるアウトプットの活動促進を補ったのが本書で,サブタイトルに「知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術」と付いた『知的生産の技術とセンス』です。

 

とは言え,私は,バイブルの方のアナログ時代に慣れた世代(やっとワープロが一般に普及しだした1980年代の社会人組)(それでも「新人類」と揶揄された世代)です。本書で紹介のデジタル情報整理ツールEvernoteなどを駆使している訳でもなく「ツールは変わるが,考え方は変わらない」(p.178)の『考え方は変わらない』の方を地味に歩んでいます。

本書では「発見の手帳」が一つのキーワードになっていますが,私は手書きによるノートが以前よりも増えている状況です。

 

● バイブル『知的生産の技術』の続編として

作者の堀 正岳・まつもとあつし両氏とも40歳台前半,読み進めるとデジタル情報に慣れ親しんでいる20歳台〜30歳台の方を対象にしているようです。出版元も当世代向けの会社です。

昨今,デジタル環境で育った周囲の大学生たち,いきなりPC在りきで物事を進めているように見受けます。これは「道具」に過ぎず,やはり重要さを説きたいのは「知的生産の技術」の素養です。

デジタル対応の部分は当『知的生産の技術とセンス』が補うのを知った上で,先ずはバイブル『知的生産の技術』を基礎編として読むと,堀・まつもと両氏の伝えたかった本質が見えてくると思います。

 

個人の知的生産(アウトプット)が,facebookやYoutubeやブログで容易になった現今,次のエールが印象的です ──「知的インプットまでは得意だ・・・でもアウトプットとなると尻込みをしてしまうという人がほとんどだと思いますが,あえて自分の考えや制作物を人目にさらすことで得られる,この一周めぐる間隔を味わっていただければと思います」(p.226)。

 

作者のお一人・堀氏は,手書きノートの味わいを突き詰めた『モレスキン「伝説のノート」活用術』(blog No.150)を著した方でもあります。

 

『知的生産の技術とセンス』(堀 正岳・まつもとあつし,マイナビ新書,2014年)1080円

『知的生産の技術』(梅棹忠夫,岩波新書,1969年)780円

 

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181:『モノが少ないと快適に働ける』 15:54

No.181(口絵)

 

● 男性版「断捨離」実践ストーリー 

作者・土橋 正氏は経営コンサルタントで,文房具系の分野では,よく知られた方です。今回は文房具に関する話しではなく,土橋氏自身が断行した仕事スタイルについて綴った内容です。

内容は,大きく分けて──

(1)モノ系の「取りさばき」と空間管理

(2)時間管理術

(3)プライベートライフ術

から成りますが,私の関心事は,本書が男性版・断捨離のノンフィクションであった点です。「断捨離」のフレーズ自体は,今や,提唱者・やましたひでこ氏の登録商標のようですが,土橋氏の実践は仕事スタイルを絡めた「道具と空間,時間の定位置化」に特徴があります。

No.181(表紙)

本書の扉(右写真)には,土橋氏の超モノが無い仕事場の写真,そして「集中力がみなぎる仕事空間」のコピーが配されています。

「取りさばき」(=「一つひとつ適切に判断して,いる,いらないを決めていく」p.62)の賜物です。

 

● モノがないという空間がある
独立当初の土橋氏は,自宅の書斎を事務所にしていたようですが,やがて同じ場所での仕事とプライベートに限界を感じ,コンパクトな個室オフィスを借りたのが「断捨離」の大きなターニングポイントだったようです。
「書類や道具など身の回りの一つひとつを見直し,これ以上は減らせないというくらいまで少なくした最小限の構成で仕事をしています」(p.177)に至った考え方と,書名にもなっている「モノが少ないと快適に働ける」仕事場の紹介です。

 

● ストレスを抱えない過ごし方スタイル

きれいなデスク回りが象徴的過ぎるのですが,土橋氏が本書の中で力説する一貫したキーワードは「ミニマリズム・スタイル」です。

単純・簡素の意味合いではなく「ある哲学にもとづいて内側からにじみ出てきたシンプルさ」(p.5),それに依るストレスを抱えない過ごし方の紹介です。

読者の私はと言えば,オフィスは大学の研究室,敷地内の宿舎が自宅,要はオフィスも自宅も似たような空間利用で,資料的なモノに溢れた生活。これを打破しなくては! と悶々としていた時に遭ったのが本書『モノが少ないと快適に働ける』です。

「断捨離」するなら,引っ越しが手っ取り早いな,と思っていたのですが,私は,住居の方を新たにすることにしました。この本が精神的な刺激となったのは確かです。年末か年始に引っ越し予定で,目下,作り付けの棚など設計中です。

 

『モノが少ないと快適に働ける』(土橋 正,東洋経済新報社,2014年)1300円

 

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180:『「売れない」を「売れる」に変えるマケ女の発想法』 12:09
マケ女

● 良い製品が売れるのではなく,売れるのが良い製品
「技術の裏付けがきっちりとある優れた製品なら,黙っていても売れる」を妄信する社風が残り,技術力には定評がある架空の太田電子を舞台にしたマーケティング論です。
主人公は,太田電子マーケティング部に所属のマケ女・福島理子(入社8年目・30歳),因みにマケ女とは書名にも使われていますがマーケティング女子を指します(初めて聞いたけど・・・現今の業界ヨーゴでしょうか。「負け女」ではない)。

時は,機能面だけではiPotに勝るとも劣らない,しかもカメラ付き,機能てんこ盛りの携帯音楽プレーヤー(コードネーム「ピクシー」)が開発の最終段階で細部の詰めを迎えようとしています。

● 価値を決めるのは売り手ではない
例によって,ある朝,マーケティング部に「販売促進を考えよ」とA4用紙1枚の指示書が置かれている所から,ストーリーが始まります。
「こんなにすごい製品ができたから,きっと買ってくれる。そんな思い込みで,うちは何度も痛い目にあってきたはずじゃない」── 理子の動きが,早くも社内にただならぬ波風を起こしたようです。

「我々技術陣が総力を結集して開発してきたピクシーなのに,君は売れないとはっきり言ったそうじゃないか」「お前なんかに,我々開発陣の必死の思いなどわかるはずもない。マケ女だかなんだか知らんが,小娘が偉そうなことを言うんじゃない」「所詮マーケティングなんて,製品が出来てから広告を考えるだけのセクションじゃないか」── 技術畑一筋30年,親子ほども年の違う開発部・中山部長の逆鱗に触れたのでした。

● 中核価値を還れば新たなターゲットが見えてくる
しかし理子は,中山部長との論争の中で,引き合いに出した自社の超軽量ヘッドフォンが,従来とは違う新しいマーケット開拓で爆発的に売れたケースを振り返るきっかけを得ます。
その後,同期や後輩とカラオケボックスでの論議を重ねる中,次々と企画の連想が広がっていきます。
発想の萌芽と,メンバーとの論議での肉づけで,企画は育っていくものですね(お役所風の会議 ──「議題」と「報告」の嵐などでは,画期的な企画なんて出て来ないです)。
そうそう,カラオケボックスでの会議利用もストーリーの重要な伏線となっています。
かくして,社長プレゼンを経て,ピクシーの販売戦略はどのように進んでいったのでしょう?── 本を買って読んだ人だけのお楽しみ!

でも,最期には「本書はフィクションです」で締められています。

『「売れない」を「売れる」に変えるマケ女の発想法』
(金森 努・竹林敦実,同文舘出版,2013年)1400円
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179:『はだかの王さま』 20:11

はだかの王さま

 

● 大人になって絵本を読む

むか〜し読んだ本で,いま再び「読まなきゃ!」って思った絵本が,この『はだかの王さま』です。

いろんな絵で出版されています。読んだ(というか読んでもらった)のは,おそらく小学校1年生の時。思い出の絵とは違っていましたが,ストーリー展開はもちろん記憶と同じです。

 

ご存知,話の展開は,魔法の布でつくった服を着てパレードに出た王様,服が美しく見えるのは賢い人だけ。見物人は声を合わせて叫びます「やあ,王様の新しい服は,なんときれいなんだろう!」── みんなが褒めている服が自分には見えないことを知られたくありません。

一人の子どもが言いました「王さまは,なにも着ていないよ!」。

 

● 政治に無関心でも,無関係ではいられない

今時の社会情勢の潮流というか,妙に納得する雰囲気,なんだか「クウキ」感に流されていませんか! と警鐘を鳴らしているようです。

 

「仲間の国などが攻撃された際に,日本は一緒に戦う『集団的自衛権』が必要ですよ」

「原発は恐くありません,事故は収束しています」

「根拠のない風評に対し,国としても全力を挙げて対応します」(マンガ『美味しんぼ』原発描写への首相発言,直後に休載が決まる)

 

子どもの頃に読んだ,このアンデルセン名作を,いまこそ思い出して欲しい! と切に願っています。この絵本が『図書館戦争』での描写のように,発禁図書となりませんように(未来を深刻に考え過ぎか・・・)!

 

●「クウキを読む」と言えば・・・

芥川賞作家・藤原智美氏の『検索バカ』(blog No.177),ちょうど『はだかの王さま』を,大人に向けて解説した内容になっていることに気づきました。

「クウキが支配する帝国」(場のクウキを読んで無自覚に自分を合わせてしまう私たちの日常)への指摘です。

 

『はだかの王さま』(アンデルセン,乾 侑美子 訳,バージニア・リー・バートン 絵)

岩波書店,2004年,1700円

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178:『捨てる女』 18:45
178:内澤旬子『捨てる女』

● 断捨離
「断捨離」は,今や提唱者やましたひでこ氏の登録商標となっているようですが,この『捨てる女』── イラストルポライター内澤旬子氏の「なんでも貰う拾う集める貯める暮らしから,捨て暮らしに一転した私の人生」(p.35)を綴った断捨離の実践エッセイです。
内澤さんといえば『印刷に恋して』(blog No.22)では魅力的な挿絵を担当,私の中で,すぐにイラストの画面が思い出されるほど印象深い方です。
捨てまくりの着火点は2007年だとか。なにもかも捨てられない,父親譲りとも思われる体質が,作者が「ホルモン療法ののぼせ機」(p.72)と記す癌の治療で「ごちゃごちゃしたところ,風通しの悪い日陰,地下などにいると,発作とまではいかなくても,いやーな感じに襲われ,息苦しくなってしまった」(p.21)のが行動の転機。
以前に紹介した『わたしのウチには,なんにもない』(blog No.175)での契機は東北大震災でしたが,捨てまくりには,(不謹慎な言い方ですが)外圧は不可欠なのかもしれません。

● トイレットペーパーに頼る生活も捨てた作者
人間,捨てる事まで考えるのは苦手です。作者は「そもそも放射性廃棄物の処理の仕方も考えずに,なんでこんなもん(原発)をボンボコ作っちまったのか。(中略)後先考えないにもほどがあるぞ,人類」(p.178)と。
作者の断捨離の実践例は,現代文化の諸処にも及びます。震災を機に買い占めでムカツいたトイレットペーパー ──「こちとらおまえなんぞいなくとも,ちいとも困らんわいっ」(p.142),と「『尻を紙でぬぐう』という習慣をひとりでうち捨てる決心」を。原発事故を起こした「東電に払う電気代を減らしたい一心」(p.140)もあり,ウォシュレット(一般化してますが正確にはTOTOの商品名)ではない解決策を披露。各国のトイレ事情を取材したルポライターならではです。
作者の断捨離は,モノというより精神面のリフレッシュ描写が多彩です。

内澤旬子90pix
● 自称「投げ捨て展覧会」
後半,やっとモノ系の話が登場します。
本は増え続けるもので一向に減らないものです。作者の場合,さらに「仕事をして生きていくだけで増え続けるイラスト原画問題」(p.196)もあったようです。はじめのうちは雑誌に載ったイラスト原画はうれしくてファイリング,二十年以上すると「こいつら一生とっておいてどうすんのかなあ」(p.195)の心境に。
「どうにもならない過去の原画とずっとこの先も一緒にいる苦痛」(p.218)からの解放策として「本当にいいの?」の声を振り切り
,企画されたのは凄い量の「イラスト原画展+そのまま即売会」,ついでの蒐集本の大放出 ── この展覧会情報私も知っていれば素敵なイラスト原画を買ったのに・・・と,残念です。
イラストルポライターの本にしては,今回イラストが少なめですが,展覧会のポスター(クリック拡大可 →)が掲載されていました。展示会の様子はブログ「内澤旬子 空礫絵日記」にもアップされています。

『捨てる女』(内澤旬子,本の雑誌社,2013年)1600円
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177:『検索バカ』 16:00
検索バカ

● クウキ読みの日常=検索
書名の『検索バカ』からして,当初は「思考をスルーして検索する」(p.24)行為をレポート・論文作成と思い込んでいる検索バカ学生の実態を公開した内容と思っていました。この実態も指摘してはいます。
事態はもっと深刻で,現在の私たちの行動様式そのもが「クウキ読みの日常」p.5p.88p.205など随所)と化す『検索になっていると警鐘を鳴らす中身でした。
作者・芥川賞作家の藤原智美氏の指摘する「クウキ」は,効率に惑わされた日常の生活感覚として無意識に私たちの「指向や行動の重要な柱」(p.35)にまで成長しているようです。

● 空気とクウキの違い
確かに「空気を読む」仕草は戦時中も,昭和の経済成長期の団地住まいにも在った訳ですが,そこでの「空気」は共通の認識「言い訳の言葉」(p.46)として通用していました。タテマエをタテマエとして納める社会ですね。
バラエティ番組でも,計算ずくで「『クウキを読めない』役を懸命に演じる」(p.58)キャラ芸人の技があります。しかしリアル社会での「クウキに支配される日常」化は,今や私たち自らの「思考の自由」の放棄を進行させているのではないか,と。

作者は便利に使われる「コミュニケーション能力」を多用する社会も疑問視しています。
就職試験のグループ討議では「全体をまとめて着地させられる。場をつくれる人,まとめ役」(p.159)として司会役が認められると思い込んでいるクウキもその一つと指摘。

● クウキが支配する帝国の恐ろしさ
今や安易に発せられる「クウキ読めよ!」の暴走は,作者の言う「『鞘(さや)を失った』言葉」(p.170)であり,クウキの恐ろしさは「正当,不当,正義,不義とは無関係に物事を進行させる」(p.101)魔力が潜む点を,私たちはしっかりと認識したい!
場のクウキを読んで無自覚に自分を合わせてしまう私たちの日常。作者の言葉を借りるなら「クウキが支配する帝国」(p.38)です。
2014年の現段階では「政府批判をしたからといって,すぐに拘束されたり弾圧されたりということはありません」(p.152)が,ひょっとしたら,昨今のキナ臭い「世論」も「クウキ読みの日常」が醸成している,と言えるのではないでしょうか。
作者は,最終ページに「(前略)クウキ読みさえできれば,この世の中,うまく渡っていけるかのような昨今ですが,はたしてそうでしょうか? というのがこの本のテーマになっています」(p.229)と締めています。

『検索バカ』(藤原智美,朝日新書,2008年)740円
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176:『「見える化」勉強法』 22:41

176:「見える化」勉強法

 

作者の遠藤 功氏はコンサルティング会社を経て,早稲田大学ビジネススクール(MBA)教授,この『「見える化」勉強法』も,大学院に学ぶ社会人経験者へ向けての語りかけです。サブタイトルの「現場から発想する思考術&トレーニング」が内容。

 

頭と体の鍛錬として,アウトプットを生み出す勉強を5つを挙げています(p.102-113) ──

1) 書き物にして発信(一冊の本にまとめる,雑誌の記事に投稿,学術論文に挑戦)

2) ビジネスに直結するアウトプット(ビジネスプランや新規事業の企画書にチャレンジ)

3) 多くの人の前で「話す場」を積極的に設ける(社外で講演,社内の企画会議でプレゼン)

4) 人に「教える場」を経験(相手の興味やレベルを考えながら話を進める講師)

5)「資格」を取る(ビジネススクールのMBA=経営学修士,など)

 

MBAを目指すのは30歳台前半の方だと思いますが,若いビジネスパーソンにとって上記の内(1〜4)は,どれもハードルの高さを感じることでしょう。読者の私も,40歳台前半まで会社勤めをしていましたが,30歳そこそこでは,上記の何れにも該当がありませんでした。その手だてすら分かりませんでした。

そんな風だった私が,今は学生を教えているのですから,本書の示唆は,そのまま私自身の30歳台〜40歳前半の回想のような感じです。私の場合,職種上とくに(2)の機会に恵まれた,と感謝しています。(2)をベースに,(3)と(1)が勝手に連鎖して広がっていきました。社会人大学院では,初めて(1)にチャレンジする機会を持ちました。

 

176:「見える化」勉強法(中身)本書は,Part 1〜Part 3から成ります。

Part 1は「じっくり観る,しつこく観る」ことでの「現場センサー」感度の磨き方で,ビジネスのすべてに共通する基礎編です。

Part 2〜3こそが,遠藤氏がビジネス上で築いてきたトレーニング方法です。

1)自分のメッセージを「言語化」できる能力開発・・・思考は「書いたもの」に凝縮されて表れる

2)ノートで思考を「見える化」する・・・「思考の欠片(かけら)」→「思考の上書き」へ

3)数多くの経験を積んで「引き出し」を広げる意識

 

当たり前と言えばそれまでですが,作者の実践例の公開は臨場感があります。とくに

写真によるアウトプットのプロセス公開は,先達の知的生産の技術を垣間みる思いでした。

MBAを目指す社会人向けですから,ビジネス経験の少ない20歳台では,やや共鳴するシーンは少ないとは思います。30歳台前半のビジネスパーソンが精読し,意識・実践して欲しい内容でした。必ずや,経験の意識的な積み重ねは,後々何らかの成果を築きます。

会社勤めをしていた私ですが,(4)を日々体験できる大学に職を移したのは40歳台になってからです。

 

『「見える化」勉強法』(遠藤 功,日本能率協会マネジメントセンター,2010年)1500円

 

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