富山祥瑞の大福帳(読書ブログ)
「大福帳」とは,江戸時代に商屋で使われた金銭出納帳で,現在の簿記のように勘定項目を分けずに取引の順に書き連ねた経営活動の記録。
この発想に倣い,ジャンルを問わず読んだ書籍の記録を順次残していく知的生産活動の日記としていきたい。

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195:『屋根ひとつ お茶一杯』 23:52

195:屋根ひとつ お茶一杯

 

● 住まいはエネルギーの器

ついつい,この前まで30歳台,そして40歳台だった筈なのに,あれま! という間に「アラ還」(=間もなく還暦の60歳)になっていた私,この年齢になってこそシンクロする書物もあります。

最近の私は,昔の自分からすると想定外ですが「便利なものを求めない,一見すると不便な所作を愉しむ」風にあります。昔の手間のかかる道具など,とっても合理的だったりするのも実感しています。

本書は,前回ブログで記した『シンプルだから,贅沢』(blog No.194)のドミニック・ローホー女史による姉妹書です。前書が,安らぎの空間で,大切なものと丁寧に暮らす「道具論」だったのに対し,今回は「どのような住まいが私たちの『人生の質』をあげるのかお伝えしたくて記しました」(p.05)とイントロに示されるように「住宅論」です。おっと,それは「お宅訪問」のような大邸宅ではありません。第1章からして「『小さな住まい』という贅沢」と誘っています。

 

● 見かけは小さくて簡素,でも粋な現代の庵

作者は「蛹(さなぎ)」とも「庵(いおり)」とも表現していますが,小さめの家で自分の贅沢な時間をゆっくりとくつろぐ生活への再考を終始,促しています。振り返って,私たち多くの庶民が望む家のイメージは,TV-CMに映される「広くて美しい家」の光景 ── 「マイホームローンを組んで購入し,長い年月をかけて返済」していきますが,もう既に精一杯! それでは「ほがらかに暮らす」(p.167)余裕が持てないじゃありませんか。

私たちには「小さい」=「みすぼらしい」のイメージが根強いかもしれませんが,作者は頁の所々で曰く「素朴で,上質なもののみが置かれ」(p.97),小さいからこそ「遮音効果・断熱効果も高く,空気流通システムおよび防犯システム」(p.94)が取り付けられ,そして「人間の健康と住み心地を十分に考慮した住まい」(p.98)・・・などなど。

「コンパクト感,効率の良さ,洗練されたデザイン,あるいはオリジナリティー,そして何よりも完璧なできばえから『珠玉の作品』と呼べる家々もあるのです」(p.91)と。こうも続きます「見かけは小さくて簡素,でも粋でトレンディな家,これが今後数十年,建築分野をリードする住まいのかたちになるのではないでしょうか」(p.101)。大型書店の暮らし関係コーナーを丹念に診ると,今や「小さく暮らす」関連の本はたくさん見つけられます。

 

● 自分の人生のオーナーになる

彼女のメッセージで興味深いのは,前掲書もそうですが,外国人ながら,日本文化の復興に触れている点です。今回も「谷崎潤一郎の著書『陰翳礼讃』を,ぜひもう一度手にとってみてください」(p.110)と。「日本に息づくシンプルな美に学ぶ」(p.107)住まいの設え(しつらえ)再発見と,日常への取り込みをいざなっています。

「自分の人生のオーナーになる」(p.51) ── 暮らしでの孤独をポジティブに捉えましょう,の文脈の中で出てきたフレーズですが,読者の私としては居心地を左右する家こそは,上質の建材(イミテーション=○○仕上げ風のビニール内装壁紙,木目調の塩ビ建材,ビズ留めのレンガ風外壁板,・・・で誤魔化さない贅沢)が必要では・・・と,勝手に読み解きました。それにはお金がかかるのでは・・・,いいえ,小さい「庵」だからこそ実現可能ですよね。「住まいは広さではなく,居心地がよいかどうかが重要ということを忘れないでいてください」(p.36)。読み終えて気づいたのですが,本書には「魂を満たす小さな暮らし方」とサブタイトルが付いていました。

本書の最終章は,ほぼ「終の棲家(ついのすみか)」についてです。「高齢者の生活には,住まいが狭ければ狭いほどよいと私は思います。(中略)家の維持も簡単にし,光熱費や固定資産税の無駄を省く」(p.230-231)のだそうです。まだピンと来ない私ですが,やがてすぐに高齢者と呼ばれる層の仲間に入るのでありましょう。

 

『屋根ひとつ お茶一杯』(ドミニック・ローホー,原 秋子 訳,講談社,2015年)1200円

 

[追伸]

本書では『陰翳礼讃』に絡んで,住む人による空間の仕切りと光が楽しめる日本文化として「簾(すだれ)」が絶賛されています(p.112)。

九州新幹線旅の快適性を追究し,車両デザインの秀逸さで注目されているJR九州では,7年前に開業した九州新幹線「つばめ」車内に,沿線の八代産「い草の縄暖簾」(名前は「縄のれん」ですが,編んだ「い草」を使用しており形状としては「すだれ」)が使われているのを知りました。鉄道デザイナー・水戸岡鋭治氏のこだわりの一つのようです。日本の古臭い製品と思われていた生活道具をモダンに蘇らせた設え例だと感じませんか。

住まいの中で洋風ドアは,結局は開けっ放しで使われる(←使われない)訳ですから,この「縄のれん」は現代の住居にも最適です。この透けるドアとも言える建具,JR九州では乗客の要望を受けて商品化されていました。で,私の住まいにも,この4月から登場しました。

素晴らしきかな「陰翳礼讃」の世界観!

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