富山祥瑞の大福帳(読書ブログ)
「大福帳」とは,江戸時代に商屋で使われた金銭出納帳で,現在の簿記のように勘定項目を分けずに取引の順に書き連ねた経営活動の記録。
この発想に倣い,ジャンルを問わず読んだ書籍の記録を順次残していく知的生産活動の日記としていきたい。

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185:『書庫を建てる』 16:09
185:書庫を建てる

 

● 施主と建築家,それぞれが描く家づくりの物語

こんなにも臨場感に溢れ,私にとっては読み進めるのが楽しくて楽しくて仕方のない実話でした。

書名こそ『書庫を建てる』ですが,この「阿佐ヶ谷書庫」(p.182)の用途は「書庫と仏壇の家」(p.69)。筆者は二人,施主のおいたちから派生する実家のメモリアル,8坪の極小敷地の建物設計と闘う建築家とが,交互に章を建て一つの小さな建物の竣工に至るプロセスを綴っています。
建築家曰く「自分の20年間の設計活動そのものを見つめ直すことにつながる」(p.25),この書籍の上梓そのものも,また「作品」と位置づけられましょう。
 

● 書庫と仏壇の家

施主は東大教授の松原隆一郎氏,神戸の旧家に在ったアルバム写真をきっかけに,これまで意にも介さなかった祖父の昭和初期からの足跡を辿るところから始まります。

祖父の息子,つまり父親との疎隔をも紹介しつつ,戦後三世代目の「イエ」を継ぐ制度の社会的な矛盾が,父親が亡くなったのを機に現実的になります。「長男が実家から離れて職を持つとき,『家』はどうなるのか」(p.23)。松原家の唯一の財産である実家を兄妹で相続した後,妹たちも郷里に住んでいない状況もあり,実家を売却したのが2010年。
問題は長男の松原氏が引き継いだ行き場がなくなった「仏壇」,そして「思い出のモノ」を遺す方策です。当初は漠然と実家近くに「中古マンションを購入し,仏壇を置こうという案」もあったようですが,現実案として「『松原のイエ』の鎮魂をも目的とする『書庫と仏壇の家』を阿佐ヶ谷で探し始め」(p.68)ます。
ここまでで,総221頁の本の1/3を占めます。松原氏が「回り道におつきあい願わねば」(p.23)と記す本編の前振りです。
 
185:書庫を(口絵)
● 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト

住居に近い阿佐ヶ谷での格安中古住宅探し,相続した遺産の金額に加え銀行ローンを組んでの新築も考慮している中,半年後に見つけたのが「土地面積8坪(=28.7平方m,建蔽率80%,容積率300%)」の超狭小敷地。親交のあった建築家・堀部安嗣氏に,1万冊の本と仏壇を収める建築プランを依頼します。新たな建築ですから「この先9年ほどで定年を迎えてから後も,なんらかの仕事を続けなければならない」状況の松原先生,「自宅と研究室の本を整理し書庫の家に運び込んで,今後はそこに通い仕事をする」(p.120)人生が見えてきたそうです。「自宅は『暮らし』のためだけ」そして「ホテルのような仕事場」(p.121)とは,読者である私自身が超憧れるスペースの構想です。

この「まだ見ぬものを追い求めてのスタディー」(p.145)のプロセスと施工までの顛末が,ストーリーの後半です。
「本当にこの小ささで大丈夫なのだろうか」(p.192)というストレスを建築家に伸しかけながらも,2013年の2月の完成後は,見事に書籍のジャケットと口絵を飾っている『素晴らしい空間』(建築家に施主が寄せた言葉)です。

私も,自宅とは別の狭小アトリエの施主になりたい! と真剣に考えるようになりました。それほどまでに影響を受けました。

 

『書庫を建てる ── 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』
(松原隆一郎・堀部安嗣,新潮社,2014年)1900円(税別)
  

[追伸]

この『書庫を建てる』を知ったのは,前回の当ブログで紹介の『本で床は抜けるのか』(blog No.184)中のルポ「書庫を作った人」でした。もともとweb上の記事が単行本になったのですが,オリジナルの方には当「阿佐ヶ谷書庫」の外観写真が掲載(http://magazine-k.jp/2014/02/26/why-do-they-build-personal-libraries/)されていて,感想は「あら,かわいい建物」でした。
「書庫を作った人」ですから,潤沢に資金を持った大学教授が普請したと思い込んでいた私にとって,スモールスペースの容姿には勇気をいただきました。
昨年,私は20年前に建てた福岡の家を売却,今勤務する大学の近くに中古マンションを10年ローンで購入しましたので,今後もう家を建てる事はないだろ〜な! と諦めもありました。でも,よ〜く考えると定年後は,勤務先ではなくなるし・・・なぁ〜。

「自宅は『暮らし』のためだけ」「ホテルのような仕事場」「自宅と研究室の本を整理し書庫の家に運び込んで,今後はそこに通い仕事をする」── こんな考え方があったのかと,目から鱗! 私にとっての実現性はともあれ・・・。

 

[追伸の追伸]

新潮社のHPに「阿佐ヶ谷書庫プロジェクト」(http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/blog/matsubara/)の頁を見つけました。公開内覧会の案内もありましたが,終わったばかりで残念無念!(http://www.shinchosha.co.jp/tonbo/blog/matsubara/ver_6.0_for_web.pdf

あと1か月早く読み終えていたらなぁ!

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