富山祥瑞の大福帳(読書ブログ)
「大福帳」とは,江戸時代に商屋で使われた金銭出納帳で,現在の簿記のように勘定項目を分けずに取引の順に書き連ねた経営活動の記録。
この発想に倣い,ジャンルを問わず読んだ書籍の記録を順次残していく知的生産活動の日記としていきたい。

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159:『大人のための文章教室』 21:05
大人のための文章教室

作者・清水義範氏は,私が勤務する愛知教育大学の1971年卒業で大先輩になります。大学広報誌(『Campus Now!』第3号,2005 10)に寄稿していただいたこともあり,勝手に親近感を持っています。

全体を通してのメッセージは「まず伝わってこそ文章」
以前に取り上げた池上 彰氏の『伝える力』(blog No.142)がジャーナリストからのメッセージなら,こちらは作家からの教示です。
編集コンセプトの要旨は ── 日記などのように原則として自分が読むためのものは,自分にわかりさえすればいい。対して,ひとに読まれる文章を書く時の目的は,あなたは何を読み手に伝えたいのか,がちゃんと伝わること。わかる人だけ読んでください,というわけにはいかない。そして,できることならば読み手を同感させること。現実にはなかなかすべての人を同感させる文章は書けないものだが,とりあえず目標をそこに置いて書く ── 読者にその「心構え」や「作法」や「コツ」や「裏技」を指南するための「文章教室」です

本書の中で,私が「やっぱり,そうか!」と再認識したのが,第二講の「とはいうものの接続詞」の章です。
「皆さんまず,大いにいろんな接続詞を使って文章を書いてみよう。するとその接続詞に導かれて,(中略)誤って使わない限り,論に乱れのない文章になる」(p.37)。
あれ,ジャーナリストの池上 彰氏とは真逆の教えだな・・・ところが,めくった次の頁にはこう続きます。「接続詞は論理構造を作ると私は言ったが,(中略)どうしてもこれがないと意味が伝わらない,というもの以外は,接続詞をすべて消してもらいたい。つまり,接続詞をどう使えばいい文章になるかの技は,頭の中では大いに意識しつつ,実際にはあまりつかわないこと,なのである」「要所要所に理解を導いてくれる接続詞が残っていればいいと思う」と。
「おや!」と思わせておいて「実はね・・・」という語り種も,清水氏の文章仕掛けなのでしょう。
その他にも,大人になると今さら聞けない「テンマル」や「〈です・ます〉と〈だ・である〉」など,ちょっと技アリの使い方を教えてくれます。

作者が「あとがき」で書いているように,本書は第一講〜第七講までが「文章を書く上での基本の整理」,第八講〜第十一講が「具体的なタイプ別文章(手紙・実用文・紀行文・随筆)の書き方」です。
一つの講義は約15頁,基本編(第一講〜第七講)だけをじっくり読むのもお勧めです。

『大人のための文章教室』(清水義範,講談社現代新書,2004年)720円
[追伸]
本の中で「どうして,違い,と言わないで,差異と書きたいのであろう。ましてやそれを,しゃべり言葉でもそのまま使うのだろう」(p.107)のフレーズがあります。実は,ビジネス本にも同じ記述があったのを思い出しました。
「やまとことば(和語)とは,中国から来た漢語や外来語に対する日本語固有の言葉のこと。簡単に言えば,訓読みする言葉,ひらがなで書いても違和感のない言葉です(中略)ひらがなを多くするのは,商用日本語の基本です」(奥野宣之『知的生産ワークアウト』ダイヤモンド社,2010年,p.122)。
   〈漢語〉  〈和語〉
   破壊する →  壊す
   確認する →  確かめる
   選択する →  選ぶ
   到着する →  着く

また,井上ひさし氏も「大和言葉は,『走る』『寝る』のように基本語が多く理解が早い(中略)『洗濯』より『洗う』と言った方が,お客さんの反応がちょっと違うのです。(中略)『決まり,規則,ルール』や『歩く,徒歩,ウォーキング』など僕らは日常的に,大和言葉と漢語と外来語を使い分けているわけです」(『ふかいことをおもしろく』blog No.158,p.100-101)。

接続詞をなるべく(極力)使わ(使用し)ない文章づくり(作成)は意識するのですが,これからは〈漢語〉から〈大和(やまと)言葉〉への置き換え(置換)も気に留め(留意し)たいと思っている私です。
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