富山祥瑞の大福帳(読書ブログ)
「大福帳」とは,江戸時代に商屋で使われた金銭出納帳で,現在の簿記のように勘定項目を分けずに取引の順に書き連ねた経営活動の記録。
この発想に倣い,ジャンルを問わず読んだ書籍の記録を順次残していく知的生産活動の日記としていきたい。

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番外編22:『特別展 ウメサオ タダオ展』 23:00
「ウメサオタダオ展」入場

私が高校生だった1970年代後半の頃,受験雑誌の読者投稿欄がきっかけで読んだのが『知的生産の技術』(梅棹忠夫,1969年,岩波新書)でした(blog No.01)。多くの人に知的刺激を与え続けてきた名著です。『知的生産の技術』に貫かれる「情報」の理念は,梅棹氏の尽力で国立民族学博物館という巨大情報装置として具現化しています。1977年のことで,場所は日本万国博覧会(1970年)跡地の千里公園内です。梅棹氏は,長らく初代館長を勤めました。昨年2010年,90歳の生涯を引退されました。

梅棹氏の膨大な研究活動の舞台裏(メイキング)を支えてきた「知的生産の技術」の大披露宴が,同博物館で開催中の『ウメサオ タダオ展』(〜6月14日)です。何と,芸術家の展覧会ではなく,梅棹氏は学者なのです。
モノが重要視された工業化社会の時代に「情報」という概念を社会に一般化させた人で,今回の展覧会では「知的先覚者の軌跡」とサブタイトルが付いています。

この名著に刺激を受けた読者を中心に「知的生産の技術・研究会」という組織も作られているほどです。知研の勉強会として,去る5月8日に総勢10名余ながらも『ウメサオ タダオ展』見学会が開かれました。何と幸運なことに,勉強会でのガイド役長年にわたり民博で梅棹氏の知的生産活動を支えてこられた三原喜久子 秘書でした。「太く長い人生でした」と秘書に語らしめる人間活動は,若い時の探検・文化研究,学者としては研究の在り方の啓蒙,壮年は博物館構想・館長,晩年は「月刊・梅棹」と呼ばれるほどの著作活動と,一人の人間のフィールドとは思えないほど超越した広さと深さです。

「情報は共有されるべきだ」という梅棹氏の信念を反映してか,会場は「写真撮影可」(会場の様子は「続きを読む>追伸」欄にアップ)。入場者の多くは,梅棹先生の思考回路の「仕組み化」や「見える化」(今回の『図録』の中で,ジャーナリストの山根一眞氏は「脳内作業の可視化」と表現。p.96)を撮影していました。自己の仕事の励みにするのだと思います。
私も本の中でイメージしていた「書き込みのあるB6判カード」「記録を構想した『こざね』法」「本人が整理した記録写真アルバム」「生原稿を『製本』した保存用の私家版」などのホンモノを写真で記録してきました。

今回の展覧会も『図録』を買い求めましたが,会場展示の臨場感は,その比ではありません。あと一度,足を運びたいところですが,大阪は近くはないが・・・。

特別展『ウメサオ タダオ展』(観覧料は大人420円,高校・大学生250円)
図録『梅棹忠夫 ── 知的先覚者の軌跡』(国立民族学博物館,2011年)1890円

※ 展覧会の案内は,当(blog No.154)の[追伸]欄にアップしています。
[追伸]
梅棹キーフレーズ
三原秘書は「梅棹先生は『何を,どんな風に』表現するかについて,思考を一旦バラし,論理的に筋が通るように,組み立てて繋げていく作業のプロセスから,読み手に伝わる方法を常に考えていた」と語りながら,その源流である「カード」や「フィールドノート」群を解説してくださいました。会場には梅棹氏のキーフレーズ群がディスプレイされています(右写真)。

梅棹「こざね」

「こざね」群(ホチキスで繋げた紙切れが鎧の部位である「こざね」に似ている事から命名された)に書かれている見出しを前にした時には,メンバーから「現代版『ツイッター』」との声があがりました(左写真)。
紙を「こざね」サイズに裁断するなどの「単純作業をすることで,梅棹先生にとっては体のコンディションを落ち着かせる効果があったと,本人も自覚していたのでしょう」との解説には,考え方次第で単純作業も一連の知的生産活動なのだ,と静かに感動した私でした(写真の奥に写っているのが愛用の裁断機)。

[追伸の追伸]
民博のWebに「ウメサオタダオ展」のスペシャル章が設けられています。会場の様子もムービーで見ることができます。(http://www.minpaku.ac.jp/special/umesao/
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