155:『工学部ヒラノ教授』 | 18:31 |
書名も『文学部唯野教授』にあやかって『工学部ヒラノ教授』です。但し,唯野教授の暴露する「レジャーランドと呼ばれても仕方がない」イメージダウンに対し,雑務で消耗しながらも研究と教育に情熱を燃やす教員がいる理工系大学が舞台です。
1940年生まれの「ヒラノ青年が筑波大学に助教授として採用されたのは,33歳のときである」。1973年のことですから,茨城県新治郡桜村(現・つくば市)という「よくぞこんなところに大学を作ったものだと驚く」場所に誕生したばかりの頃です。
新設から3年後には「世界最大級のソフトウェア中心の計算機学科が誕生」の構想に惹かれ,筑波に赴任したものの,組織運営上の問題から研究環境を得られずじまい。展望もないままに,長らく一般教育のみを担当することに。
そんなヒラノ助教授でしたが,8年後に一般教育担当ながらも東工大の教授になります。筑波のような利権争いに翻弄されることのない職場環境での研究実績から,54歳で晴れて経営システム工学科へ転籍。1980年代半ばからヒラノ教授が手がけていた「金融工学という “怪しげな” 研究」が経営工学の新分野として脚光を浴び出してきたため,との説です。
小説の形を借り,主人公・ヒラノ教授の「民間研究所の研究員を振り出しに,一般教育担当助教授,一般教育担当教授,専門教育担当教授を経て,部局長として大学経営に関与することになった」大出世ストーリーを,今野氏本人が他人事として書いているのですから,全編を通し何かしらコミカルさが漂っています。
著名な実在の人物も登場しますが「かなり “ディフィカルト” な人」と紹介,また「 “平凡な” 研究者」に過ぎなかった人物が学長になるや,大学の難問のすべてを見事に改革したり・・・と,フィクションではない記述は寧ろ興味深いところです。
ヒラノ教授の大学出世スゴロクのエピソードの節々に,真面目な大学論が散りばめられています。
60歳になった年,ヒラノ教授は停年(本書によると「お役所言葉では,定年ではなく停年」。当時,東工大は60歳停年制だったようです。現在は65歳)で,本人の言う「2001年私学の旅」(←この比喩が分かる読者は50歳以上or映画通)に出発,70歳まで働ける中央大学も「今度こそ本当の定年を迎える」中で,この小説を書き終えたという仕立てです。
ヒラノ教授こと今野 浩先生,38年間の奉職お疲れさまでした。
『工学部ヒラノ教授』(今野 浩,新潮社,2011年)1500円